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国分寺(80番)高松市国分寺町国分
さて、今回は四国八十八ヶ所から八十番国分寺です。

■国分寺とは
国分寺はその名の通り、国分寺町にあったのですが、いまや市町村合併で高松市です。国分寺のあったところに国分寺という市町村があったのは全国で3つだったそうです。
ということで、国分寺は、白牛山(はくぎゅうざん)国分寺です。
国分寺とは奈良時代(741年)、聖武天皇により国ごとに建てられたお寺で、正式名称は「金光明四

天王護国之寺」です。八十八ヶ所の中に、各県にひとつずつ国分寺に相当するお寺があります(名前

は違いますけど・・・)。ちなみに、奈良の東大寺は、全国の国分寺の中心である「総国分寺」だそ

うです。
歴史的には、この場所から出土した瓦の中に奈良中期以前とみられるものがあったことから、聖武天

皇時代より前の寺院を転用して、整備された可能性があるそうです。



(仁王門と灯篭です。お参りの人が多いです。)



(「歴史」が書いてあります)

■参道
高松市の西のほう(旧の高松)の鬼無から、国分寺にかけては日本一の松、盆栽の産地ですからやは

り参道にもかなり立派な松があります。
ちなみに高松の鬼無あたりはちょっと前まで市街化調整区域でしたがこれはこの「日本一」の産業を

保護するためのものと言われていました。


(立派な松)

■本堂
国分寺は律令制度の解体とともに衰退しましたが、鎌倉中期に再興され、鎌倉末期あたりから奈良西

大寺の末寺となり現在の真言律宗の寺となりました。天正年間(1573〜92)に長宗我部氏によ

り現本堂・鐘楼を残して消失したのですが、再興後は生駒氏の厚い帰依を受けたそうです。
本堂に安置されている本尊の木造十一面千手観世音菩薩は藤原中期の作で5.24mと巨大で四国最

大の立像だそうです。ケヤキ一木造ですごいらしいのですが、秘仏のため公開されていません。残念




(本堂です)


(別の角度からもう一枚)

■福竜
「福竜」というのがありました。弘法大師が四国に来たときここで、本尊が損傷しているのを見て観

音浄土に祈って、天より授けられた霊木により直した残りの霊木が竜のように見えることから「福竜

」だそうです。


(福竜)

■銅鐘
ちなみに境内奥にある銅鐘は四国最大級で、国の重要文化財に指定されているそうです。なぜ鐘を撞

くのにお金がいるのかな(他のお寺と比べてという意味で)と思ったのですが、そういう理由からだ

そうです。音もすごく良いそうで、定評がある(「三里聞こえて二里うどむ」というそうです。)そ

うです。


(国分寺銅鐘)
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